桜の花から思うこと 
Thursday, March 26, 2015, 09:18 PM
http://hagakurebushido.jp 武士道バーチャル博物館ブログ

東京でも桜が咲き出しました。
市ヶ谷のあたりを歩くと思い出すのは、数年前、堀の向こうに一生懸命桜の写真を撮っているアジアの留学生を認めた時のことです。

日本にはたくさんの留学生が来ていますが、ひところは政治問題が紛糾して気の毒でした。彼女は、祖先が日本に来ていた縁で日本に憧れ、留学したのに、政治問題で居心地の良くない雰囲気に浸っていました。

しかし、「窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さず」というとおり、そんな時こそしっかりとした度量を示し、温かく接してあげることこそ本当の武士道でしょう。
ましてや私の祖父は、16歳で、一人で領台後間もない台湾に渡り、現地の多くの人々の助けを得て、それが今日の私にまで及んでいますし、そうしたことは直接間接を問わず日本に生きる全ての人に言えることでしょう。何しろそこは日本の植民地であり、日本人は本当にその恩恵を得たのですから。ダムだの水路を造ってあげたなんていうのは、日本の植民政策の一環にすぎません。

その点、最近の日本人の度量の狭さと理屈の分からなさは残念です。

そんな昨日、89歳のある元官僚の方や大きな会社の元会長さんらと昼食をとり、敗戦前後の話をしたのですが、上記の点については意見一致でした。そして、80代前半あたりの意識低下が困ったもの、という話になりました。

☆ ☆
私自身の経験として、牟田口廉也将軍とかのテレビでの映像を観たことがある、という話になって、驚かれました。とにかくあれはひどかったです。責任なき戦場インパールとはよく言ったもので、全く責任が感じられない。

一方で今の為政者はどうでしょう。単純な過去への「回帰」は再びあの様な無責任時代を現出しそうです。

その意味で、問題は我々の時代、世代にあります。戦争を経験していない、ということは免罪符になりません。過去の先輩のやったことを真に反省し、しっかりとした行政、司法制度を作らなければいけませんし、そのことに我々世代は責任を負わねばならないと思います。アジアに対しても、戦死者に対しても。

そうすれば、留学生もしっかり勉強できて日本の真の友人になれるでしょう。
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武士道の国チュニジアから 
Saturday, March 21, 2015, 10:40 PM
数年前、チュニジアの出先にお伺いすることができ、外交官の皆様にお会いしました。
あの国の英雄は、何と言ってもハンニバルです。必然的に武士道と結びつき、皆さん揃って日本の武士道が大好き。
その後間もなくジャスミン革命。そんな国での今回の事件は胸が痛みます。

そして、一昨日は中東の専門家の話をうかがい・・・・一体どうしてああいうことが起きるんだろうとつらつら考えました。

確かに一般のムスリムの人は、極めて寛容で丁寧です。私にも何人かの知り合いがいますが、排他的なところはありません。逆といってよいでしょう。

一つの問題点は、あの地域からむしろ北方にかけての女性の地位です(広く言えば社会的・・・)。その社会進出はもっとあって良いのではないか。イスタンブールで電車に乗った折、女性が全く乗っていないのにはびっくりしました。あるいはロシアにおいても、教会では女性は必ずベールをかぶる。つまり、キリスト教、イスラム教という宗教を越えたあの地域(といっても、東方ロシアも勿論同じ)の問題?いや傾向です。この辺り、キリスト教のカルビニズム的な合理性からみると理解できない。

しかし、日本の軍人橋本欣五郎大佐らが大きな影響を受けたと言われるケマルアタチュルクなどは、そういうところで、正に革命的に女性にブルマーを履かせて軍事訓練をやらせていますから、超人としか言いようがありません。本当に尊敬に値します。

もっとも、同じイスラムでも、シーア派であれば、絨毯の模様もアラベスク的なものだけでなく、人の顔も動物も許されています。

そんな次第で、とかく難しいあの地域の大使に、英語しかしゃべれない人を置いたりと、日本の政治はゴッコそのものです。
そして遂には、そういう土地の文化もわからないで、安保法制なるものに手をつける。
「目には目を」はイラク・イランの紀元前1750年も昔の決まりですが、それは目には目しか許さない厳格なものです(酷刑というのは二の次の話)。日本の法律だって、国民の言葉である以上、同様に、いや、一層厳格なものであるべきと思いますが、上記安保法制のゆるゆるといい、選挙無効の判決の結果といい、およそ法治主義の体をなしていないな、と思われてきます。

これではあの地域の社会的・・・を云々する資格もありません。
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機雷の話とシビリアンコントロール 
Wednesday, March 4, 2015, 11:44 PM
機雷の掃海に関わる国会の議論を見ていて、頭に浮かぶのは、ウラジオストクの丘の上に立つマカロフ提督の像でした。
彼は、水雷システムの専門家で、日露戦争において日本軍の敷設した機雷に乗艦が触れ、撃沈、死亡した人です。日本の多くの軍人が彼の本で勉強し、石川啄木は彼の死を悼む詩を残しています。

現物の機雷はあちこちにあり、東京の山手通り沿いのある神社の境内にもありました。あの大きさの機雷が、巨大な軍艦を沈める威力を持っています。機雷は正に有力な武器であり、戦争状態を現出する主役なのです。どこまでその重みを分かって議論しているのか、怪しい。

同じことはシビリアンコントロールについても言えます。

以前も書きましたが、山岡鉄舟の「武士道」に記されている桂太郎のエピソード。彼は当然軍人ですが、文官としての総理大臣の時は、しっかり文官としての服装でドイツ関係の会合に出席したとか。それに対して、東条英機の場合は、ご存知の通り、総理大臣になってからも軍服。

その部下ともいうべき佐藤賢了は、軍服を着て国会の答弁に臨み、 議員に対して「黙れ」とやった。その東京裁判での弁護をされたのが、私の先生の父上でした。戦後になっても傲岸不遜な態度は一向変わらず、テレビでも見ました。もっとも、アメリカの行うベトナム戦争には、宇都宮徳馬さん共々反対。この辺りは面白いものです。ついでながら、宇都宮徳馬さんの父上は、佐賀閥の陸軍宇都宮太郎大将。宇都宮さんの会社の顧問をされていたのが、私の先生。

まあ、こんなつながりが、やはり実態把握には大事ではないかと思います。もちろん、そういう経験を糸口として、勉強もしなければいけませんが。

そんなわけで、政治家なら少し以上、そういう糸口を持っているだろうと思われるのに、そういう勉強のあとが極めて怪しいのが残念です。

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2・26の考え方 
Saturday, February 28, 2015, 11:58 PM
2月も今日でおしまいですが、2日前が26日でした。私が子供の頃は日米開戦の12月8日と同じで、毎年、2・26事件のことが話題になりました。

このことでも、上っ面の議論じゃダメで、自分の経験が重要かなと思うわけです。
それに、その当時は、いわゆる法実証主義的な考えも強かったので、事を法的に考える力がなければ真実を見失います。

法的に考えるということは、法律を踏まえること以上に、例えば軍人勅諭や教育勅語を法的に捉えるだけのセンスが必要です。
それがないので、誰かが底意地が悪かっただの、奸佞邪知だのみたいなお話でことを処理しようとする。

またまた今日も抽象的ですが、本当のことは書いたつもりです。

そういえば、先日、MK氏が亡くなりました。彼とも2・26の会合で会いましたが、上記の切れ味はいまひとつだった気がします。要は彼の研究対象の人のシャープさに、若い彼は追いついていなかったからです。

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強きをくじき弱きを助けるのが武士道だったはず 
Friday, February 27, 2015, 11:44 PM
坂井さんのことはしょっちゅう書きますが、実戦の人として、18師団(菊兵団)の作戦参謀だったか、牛山才太郎さんにも何度か会って、お話ししたり、賀状のやり取りをしました。当時既に90近かったと思いますが、まさに矍鑠としておられました。練馬の普通科連隊の連隊長もされたので、覚えている人も沢山いるはずです。
どちらにしても、我が身内共々、ビルマの戦線を戦った人で、立派な作戦の眼を持たれた方です(実戦の経験もない私がこんなことを書くほうが失礼)。

その18師団が壊滅したのは、中部ビルマ(ミャンマー)のメークテーラです。ビルマというところは、日本の倍くらいの広さですが、中は様々な気候に分かれています。メークテーラは砂漠と言ってよく、サボテンがあちこちに生えているところ。地べたを見れば数センチの鋭いトゲを持つ草が一面です。匍匐前進なんて到底できません。
そんなところで、対戦車砲も持たない日本軍が2000両のM4シャーマン戦車と対峙したのです。日本の軽戦車も若干はあれど、その装甲は、装甲とも言えない数ミリ程度。およそ勝負になりません。サイパンなどの南の島も同じです。

それ以前、戦車を持たない中国軍相手なら通用したわけですが、これでは話にならない。
坂井さんも言われていたとおりで、強気をくじき弱気を助ける武士道の反対をやっていたわけで、こういう本当のことを今の人はわからねばならないと思います。
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ウクライナとベラルーシから 
Monday, February 16, 2015, 11:12 PM
刀を抜かないのが本当の武士道なのに(つまり、抜かずして相手を屈服させること)、世界中が刀を抜きまくり、為政者も、モグラ叩き状態になっちゃったな、と思う今日この頃。ベラルーシでの合意もそっちのけで、ウクライナでも停戦はいっこう守られないようです。

で、このウクライナ人、実は東方に極めて多く、シベリアにはたくさん。多分、北方領土にいる人の多くがウクライナ人でしょう。そして、中国・ハルビンのウクライナ寺院は今も稼働中。

ちなみにこのベラルーシ。なぜ白ロシアというかというと、ロシアが黒で、ベラルーシが白。つまり、相撲の黒房、白房と同じ陰陽五行説から出ているとか。

世界はみんなつながっている。そういえば、先日の旅行でも、クラクフの町で元旦に、後ろから私を呼ぶ声が。アレーと振り返ると、前日バスの中で話しをしたベラルーシ人のグループでした。何て世界は狭いんだ。

それもこれも、ゴソゴソ歩きの成果かもしれない。世界を知らない為政者に任せていたんじゃ80年前と同じ失敗をやらかす危険があります。もっとも、坂井三郎さんが言われていたように、どこかの国による歯止めがしっかりあるとも言えるかもしれませんが。

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この事態をどう考える? 
Wednesday, January 28, 2015, 03:36 PM
我が国の法的厳格性の喪失国家ぶり、マニュアル国家ぶり、が、見事に示され、しかも一向に反省なく、益々物語性(普通の国とか美しい国とか)を深めて、究極的には、国家という概念、もちろん国家そのものの機能の破壊を導いている、というのが今回の事件とそれをめぐる諸情勢かと存じます。

法的厳格性の喪失には深い原因がありますが、法の捉え方も問題です。
要は、この事件が起きる前に! 私が2・3項目下に書いた通り、「中庸」ということがいかに危険かわかっていない。
彼らは「上」です。それを「中」と言えば、ガリガリと歯車は壊れるのです。
この辺は、例えば2・26事件の青年将校や、明治維新の志士の気持ちがわかっていない。正に中庸のぬるま湯国家ぶり。

そして、為政者は「屈しない」とかなんとか、海の向こうの国から教えられたマニュアルどおりに繰り返す。

反省の代わりに「自己責任」と言ってしまっては、国家の意義はありません。

と、以上も、感度よく考えていただかないと、あなた何言ってるの?と言われるだけでしょう。
日本語力、アジアの歴史の無理解、もちろん世界の歴史の無理解が、この傾向に拍車をかけます。

ちなみに、ご縁の深い田中康夫さんが年末に「33年後のなんとなくクリスタル」を出されました。すごく良い本なので、おすすめです。
一つ書評を見ました、「憂国の書」と書いてあったのは、上の意味での憂国の書なら賛成ですが、国民を忘れた憂国なら、田中さんの意図はそうではないはずです。ここのところが難しいんでしょうね。
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農業と武士道像 
Wednesday, January 21, 2015, 09:05 PM
農業に関係深い私は、兵農分離以前の武士の生き方に共感を持ちます。

ある地域では鶏肉が有名で、東京にもたくさんの鶏肉が出荷されています。
しかして、この鶏、どうやって大きくなるかというと、ある私企業が生体から飼料から、何でもかんでも提供し、農家に育ててもらうわけ。なぜかというと、鶏を育てるのはものすごく臭いから。東京の人はよく分からずに美味しい美味しい。

で、数ヶ月経って成鳥になり出荷する時のお値段は、一羽数十円とのこと。このスタイルは、農協と同じです。
でも農協のばあいは、痩せても枯れても一応地元なわけです。

これが、今の農協改革と称するものは、直接的に東京などの私企業が農家を抑える。
これは、日本の中間的農家を潰し、自立した農家も厳しくなりそうです。

そいいうことを考えたりしたりしている人は、要は都会的で、農家が潰れたって構わない、と考えているよう。それは、食料を含む安保上極めて危険なことでもあるのに、平和ボケで地に足のついた発想がないということでしょう。

要は、武士の生き方からいうと、消費者としての、江戸時代的、半公家的武士像なのです。
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法的突き詰めのない傾向 
Tuesday, January 20, 2015, 11:44 PM
そして、そもそもそういう中途半端なフレーズは、ある人々の神経を逆なでするものだということに、思い至っていなかったようです。

例えば、新渡戸稲造は「封建君主は領民には責任を負わなかったが、天や祖先に高き責任感を有した」なんて、法的に考えたらとんでもないことを述べているわけですが、何の問題にもしない。

これは、実はすごく重いもので、中途半端は許さないものです。桑原隲蔵という先生が、孝の法的な意味について論文を書いていますが、そういうものを踏まえればちっとはわかったでしょうが、所詮突き詰めは足りない。いわば、物語に生きるお坊っちゃま。水戸黄門と同じです。

巨大な問題に気付かず、為政者以下我が国の多くの人々は、深く考えもしないで、新渡戸を崇めるのです。

そんなことだから、法的な厳しさに気付かず今回のような発言になるし、問題を起こします。

いよいよ深刻だな、と思われてきます。
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中庸じゃ哲学になりません 
Monday, January 19, 2015, 12:36 AM
で、日本に哲学なし、と言ったのが中江兆民である事はこの博物館の結論のところにも書いてありますが(一年有半)、日本の為政者さんがこの度中東でしゃべったのが「中庸」ということ。
これ、まさに中国の観念の日本的単純化。「中庸」自体は、元々「礼記」の一部と言われ、「礼記」を読んでみれば、これは半分以上がお葬式の話。儒教とは葬式の思想と言われるとおりです。

しかし、日本人はそれを単純化していい考えですね、みたいなことになりました。

でも、こうした儒教が哲学かというと、私には技術ではあっても哲学とは言えないと思われます。哲学は、西洋の合理主義をみればわかる通り、個人、もっとはっきり言えば我から始まります。そして演繹していく。しかし、儒教は孝を大切にし、親と子という2つの観念から出発するわけです。そして、2つどころか千でも万でも膨れていきます。だから哲学のように見えるだけです。朝鮮儒教がその典型でしょう。

元々中国には諸子百家がいました。だから、老子や荘子を追求していけば哲学になると思います。また、「親鸞一人がためなりけり」と言われた親鸞聖人のような仏教者、つまり開山作仏の功を上げたと兆民に言われた人は一種の哲学者でした。

ちょっと、抽象的なことを書きましたが、とにかく哲学なしの中庸じゃ、例の問題解決にはなりません。
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