★1月9日 
Sunday, January 9, 2011, 11:01 PM
謹賀新年

この間色々なアクシデントもありましたが、年末からの休みはヨーロッパの6つ
の都市を回りました。行政法の発祥の地とその伝播先へということです。

電車に並ぶということは全くなく、中国とちっとも変わらんなー(つまり、ユー
ラシア大陸はやっぱりつながっている。この経験は枚挙にいとまなし)、とか、
街中で、前から歩いてきた男性がサッと手袋の中から紙片を出し、私の後から歩
いてきた人物にすれ違いざまにそれを渡すとか(恐ろしい)、随分変な経験もし
ました。
その中でオーソドックスだった見聞談。

パリのアンバリッド。ルイ14世が造った廃兵院と呼ばれるもので、ナポレオン
の墓があることでも有名です。
2度目の訪問ですが、その前庭に、フランスが諸外国から分捕ってきた大砲が並
んでいるので、中には下関の長州藩からのそれもあるというので見に行きました

早速発見。
というよりも、その手前にあったのが中国・清の道光帝時代のもの。その次が、
それより若干大きな長州のもの。毛利家の紋が入っていました。
そして、その次が、一回り大きな上にアラビアかトルコの文字が彫られたもの。
あれはどうみてもオスマントルコのそれです(ちなみにトルコのブルーモスクの
柱の大きさは、同時代のバチカン・サンピエトロ寺院よりも太い)。
うーん、と、うならざるを得ませんでした。
瀕死の病人と言われたオスマントルコよりもはるかに小さな大砲で、江戸末期か
ら明治始めはアジアでは通用し、それをもとに日本にしろ清にしろ、この東アジ
アを分割しようとしたのかと。
その発想自体が西欧のまねであるばかりか、それに用いた道具のお粗末さ。

アジア人はもっと違った発想で人類に貢献できないのかね、と、つくづく思いま
すし、これからだって絶対何とかなると思います。
勉強と自己反省を怠らなければ。