日本大好きと言いながら日本を捨てる変な人 
Thursday, July 30, 2015, 03:14 PM
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近頃流行っている言葉に「責任」があります。

以前も書いたことですが、40年近い昔、企業爆破事件の一審判決を出された、陸軍士官学校出の裁判長は、案件から離れたあと、「裁判官に必要なのは、勇気ではない。弱虫でも泣き虫でも構わない。必要なのは責任感だ」と言われました。
この観念が、相当以前から大きく揺らぎ、一方では「勇気」とか、時には「絆」とかいうものが大事という、物語国家性が顕著です。

国立競技場などというものは、公物である行政財産であり、国民に一定の作用をもたらすものとして管理者がおり、相当の権限が付与されています。壊して建てるについても、それぞれの権限の問題であり、上記の裁判官同様、その権限を責任を持って行使したかが問題なのです。

スポーツ団体の長の責任も問題にされていますが、それは、外野であって、パワーがあるから責任があるかのごとき論調は変です。本来の責任者が、弱虫だろうと泣き虫だろうと、パワーに負けずに、権限を、正に粛々と遂行すれば良いだけの話です。

そして、こういう物語性の極致が「法的安定性はいらない」なんていう話です。

例えば、中国では、法律の未整備とか、裁判官の独立の欠如とかで、予測もできない判決が出ると指摘されてきました。これが、法的安定性がないということです。
それで、諸外国から責められた中国では、せっせと法律作りをしています。それはまだまだとは言いながら、方向性は法的安定性を目指す意気込みです。

ところが日本は、結果的妥当性さえあれば良いとばかり、勝手な法解釈?とも言えないことや、安定性無視発言がまかり通っては、正に日本の、以前の中国化。

日本大好きみたいなことを言いながら、日本を捨てる。いい加減に気づいて欲しいと思います。
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遺産よりも実業で 
Tuesday, July 7, 2015, 11:56 AM
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ちなみにそんなわけで、ギリシャは正に遺産で食ってるような国なわけですが、我が国も今度の「世界遺産」で大喜び。しかし、前にも言ったように、「遺産の食いつぶし」は全くもって真の武士道的ではない。「売り家と唐様で書く三代目」ではありませんが、どうしてもっと前向きになれないのかね、と思います。

韓国さんからは色々あったようですが、例のアウシュビッツも世界遺産です。つまりは負の世界遺産になる可能性性もあるということでしょう。それにも意義ありか、とも言えますが。例えば、松代大本営の跡には韓国から徴用されてきた人たちの碑が建っています(同所に天皇陛下をお移し申し上げる云々にかかわった、昭和天皇のいわばSPである陸軍中尉・下村さんとは、随分仲良くさせていただきました。そのご親族とも)。

アウシュビッツの場合は、本来はオフィシェンチムという町。それをドイツがかってにアウシュビッツにした。だからあそこは「アウシュビッツ博物館」。
オフィシェンチムの元からの住民にとっては、いい迷惑とも言えることは、年初に記しました。

どちらにしても、遺産よりも前向きの実業で頑張ろうよと言いたくなります。
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ギリシャから始まって 
Sunday, July 5, 2015, 10:50 PM
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以前ギリシャに行った折、マックのような店で警察官が食事をしているのを見て、「けじめがついとらんなー」と思ったものでしたが、正にそのツケともいうべき事態。

といって、人の振り見て我が振り直せ、であって、いつも書く新幹線の車掌さんのけじめにも大いに問題あり。ドアを通る時、頭を下げての礼は、けじめなきこと夥し。安全を確保する立場なら、下を向くのではなく、挙手の礼をすべし。そういう弛緩があのような事件を惹起したとしたら、正に問題。

またまた、かといって、やたらに固く、形だけいかめしくしろなどと言っているのではもちろんありません。この観点から見ると、最近の国会は、法的厳格性無視で形だけ厳格にしようという姿勢が顕著。これまたけじめなし。

この傾向の「元」は何か。私は、明治、大正の時の流れの中で、自分の歴史を忘れ、外国の制度を咀嚼せずに取り入れ、結局は法や法律、あるいは国家なるものの形だけしか分からず、しかも、正にモノマネをしてきたツケのような気がします。
ドイツのローゼンベルクという先生は、公平は裁判所に向けられているのではなく、国会に向けられているのだ、と言われたそうですが、法律の本では公平、つまり具体的妥当性が一番大事的な論調が多い。これでは法の権威はめちゃくちゃになります。これが始まったのが大正時代。その流れが今日に行き着いています。

で、その議論の最中に、マスコミ懲らしめ発言。この重みも、当事者さんは全く気づいていない感じです。
私の縁続きや友人にアメリカ人がいますが、そのうちの1人は、「政治活動」で在留資格がなくなり、日本にいられなくなった。何をしたかといえば、キューピーさんみたいなものを棒の先につけてデモをしたという(有名な判例になりました)。こうした行動が在留を認めないという結論に行き着くなら、日本では、外国人による政治批判は在留資格喪失につながるということになります。外国人記者クラブがセンシティブになるのは当たり前ですし、現に、上記キューピーさんを研究しているアメリカ人の教授は以前からこれを言っていた。

要は、そういう、正に普通の、標準的な国の常識が相当な日本人にはないということでしょう。
この傾向はますますひどくなっている。

となれば、やはり先ずは自分の国を、つまりは真の日本的なものは何かを探って身につけなければなりませんが、実態は逆で、中国輸入の明治維新礼賛とか、なんとかの国とか、これまた正にトチ狂った状態です。
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香港と沖縄と・・ 
Sunday, May 17, 2015, 11:15 PM
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香港の友人が、先日の雨傘革命についてコメントしてくれました。
「あの若者たちは何もわかっていないんですよ」と。というのは、英国統治時代は総督による一種強権的な政治だったのに、いざ返還となると、英国は「あのね、実は民主主義というものがあるんですよ」とやったので、歴史を知らない若者はああなるんだ、という言い分。

真偽は別として(最後のパッテン総督の嫌われ具合から見ると、一つの真実を含んでいるのでしょう)、思い出したのは、沖縄のキャラウェイ高等弁務官です。
私が子供の頃は、しょっちゅう物議をかもしていた高等弁務官でした。彼による沖縄の苦労も大変なものだったと思います。

植民地とはそういうものです。

高校生の頃、沖縄からインターハイに参加していた同じ年代の生徒と東京駅から一緒になりました。こちらは22時間とはいえ博多で降りるのですが、彼らは、それから鹿児島まで行って、更に船です。もちろん、パスポート要の時代。

一緒に急行列車に乗りながら、沖縄の人々の苦労が思われました。

沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

は、沖縄戦における大田実海軍少将(のち中将)の最後の言葉であり、佐賀県警察部長(私の祖父とも面識あり)も務められた内務官僚の鑑・島田叡さんとともに頭が下がりますが、近頃の議論はこうした武士道的人物の行動から見ると、正に風上にもおけない傾向と思われてきます。

そして、本当は香港もこの日本も、香港の友人のコメントを突き抜ける国にならなければ、アングロサクソンには負けてしまうと思われます。



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台湾の友人とのひと時 
Wednesday, May 13, 2015, 09:40 PM
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たったの1時間半でしたが、台湾の友人2人の東京案内をしました。
東京駅の南口で会って、目の前の中央郵便局へ。昭和3年、東台湾の原住民47名が東京に来た時の、ここの屋上からの写真があります。新装なった東京駅の眺めはうけました。

そのあとは三菱村。日本のトップの街並み、中通りも好評。もちろん、ここでその昔、大事件があったなんていうのは省略。そのあと、お堀に面したビルから皇居を眺め、お茶を一服。

隣の第一生命ビルに入って、マッカーサーの話。

その先には、砂糖業界の会館が。戦前の4大製糖会社の力に感動。しかも、世界史的な第一次大戦との関係も。更には4大製糖の一つは日清戦争以前の台湾の財閥・林本源との深い関係。林本源の家は台湾の名所で、小人国にミニチュアもあり。

その隣は、これまた戦前、強い力を持っていた蚕糸会館。

最後は電気ビルのほとりでコーヒーを飲みながらの台湾の歴史談義。

漢語の力はまだまだなれど、英語と混ぜれば一応通じるというところで、まずは楽しいひと時でした。しかも、彼ら台湾人は、こうした歴史には全く不明です。
そのこと自体が、まさにカルチャーショックを覚えることです。とにかく、国際的に物事を見ることは絶対に必要でしょう。
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本当に自衛官のことを考えているのか 
Tuesday, May 5, 2015, 12:13 PM
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下の記事を書いたあと、ふと聞いたのが安保法制について、自衛官は死んでも仕方ないかのごとき暴言。
坂井三郎さんの、「部下を一人も死なせていない」という誇りの正に反対の発想であり観念論です。
このあいだ死んでしまった外務省OBで、元なんとか国大使も、その昔憲法の勉強会でご一緒しましたが、同様のことを言っていた。外務省の一部にある大きな問題です。

そもそも、自衛隊に入った以上、覚悟はあるでしょう。でも、死ぬために入ったわけではないし、家庭の都合でやむなく入った人だって多い。もちろん、きちんとした法的枠組みを前提に入っているのであって、どこへでも行って命を的に、なんていうことではない。

第二次大戦末期は、我が身内にように血書嘆願までして18師団に入り、北ビルマのフーコン(死を意味する言葉)まで行き、挙げ句の果てには潜水艦に沈められて漂流なんていう人もいっぱいいたわけですが、今は違う。

こういうことについての基本の基本が分からぬ人間が、識者のような顔をして出てくるこの国は、正に普通の国以下。要は、教科書に毛の生えた程度の入試の成績で律すのるので、広い視野を欠いた人物に運転を任せることになる。

自分は死にもしないであなた任せ。そんな国が強国になるはずもないでしょう。

時々ご一緒する外務省OBでヨーロッパの大使をされたKさんは、戦前の東亜同文書院出身で、卒業旅行の大旅行も経験された人。中国の底辺を経験し、また、その面白さも問題点もわかっている方であって、そういう経験のない、無菌動物かお公家さん的外交官では、山名宗全ではありませんが「天下奪われ媚をなす」程度のことでしかありません。

真の武士的発想というのは、戦国末期の岩屋城主・高橋紹運のような、部下と一緒に死ぬ発想です(ただし、だからこそ無駄死にではない)。
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思い出される坂井三郎さんの言葉 
Friday, May 1, 2015, 04:52 PM
またまたゼロ戦の撃墜王・大空のサムライ・坂井三郎さんの言葉が思い出されました。私は彼の最後の講演会を開催したご本人です。
彼によると、「アメリカ相手の戦争は、堂々たる横綱相手の相撲。しかし、アジア、特に彼が最初に戦った中国相手の戦争は、どうにも説明のつかないものだった」と。
戦車は無く、飛行機も、搭乗員はもとより他国の援助で辛うじて、という国相手は、一言で言えば弱いものいじめ。武士道にもとること甚だしいというわけ。

当時も「膺懲」の師みたいな言葉があって、国内的には大義名分があったのですが、所詮これは、いつもいう「お話」の世界。機能的な、また真の日本文化から紡ぎ出した論理的なものではありませんでした。

この坂井さんの見解から言えば、謝る対象はアメリカというより、むしろアジアに対してでしょう。昨日おとといの話は、変な具合の話です。

もう一つ、近頃の議論の変なことは、安保法制云々を言いながら、ニコニコしていることです。
坂井さんは、部下の僚機を引き連れて大空の戦闘に加わった時、部下を一機も死なせていない、それが自分の誇りだと言われていました。戦闘は人の命が失われることなのに、ニコニコは、それだけでごまかしが明らかです。

実際の戦闘には加わりもしないのに軍服で空母に降り立ち、一つの「お話」を作り上げ、結局は今につながる破綻したイラク政策に終始した米国の大統領のやり方は、米国の持つ最もマイナスの人工国家性の発露です。

しかし、もちろんアメリカにも(には)しっかりとした機能的、論理的な国づくりの伝統があるのであって、その昔訪れたワシントンDCの連邦議会議事堂にある本には、「歴史はお話ではなく、ここで作られる法律の中に歴史があるのだ」と書かれていました。
そんなわけで諸外国を参考にする場合、自分をきちんと確立して、底の浅い国粋ではなく、真の民族的な発想から「紡ぎ出す」作業が必要です。

ちなみに先日、議員会館で歴史の話をしました。当日、旧知の、2・26事件の青年将校の弟様がみえておられ、自然、熱くなりました。ご本人も陸軍士官学校のその方などが、正に「法律を守った」方であり、法律は、はっきりいえば守らなくてよい、嘘の効用、などとのたまわった人々のDNAがまだ蔓延するようだと、我が国は極めて問題です。

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パラオご訪問から 
Saturday, April 11, 2015, 10:12 PM
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天皇皇后両陛下のパラオご訪問の映像で、思うことは様々です。
私自身、まだパラオには行ったことがありませんが、一度は訪ねてみたいところです。特に、ペリリュー島やアンガウル島の戦闘は、どう見ても中央の発想の誤りに由来し、亡くなった皆様がその実態を知れば、いたたまれない、どころか、憤られるだけでしょう。

サイパンをはじめとする北マリアナは既に昭和19年7月に壊滅し、同島の意義はほとんどなくなっていました。
そういう時、戦国時代の主君は、積極的に開城を勧め、その隙に別の作戦を考える、など、柔軟かつ将兵の無意味な死を避け、かつ後日に備える方途を講じました。
ところが、第二次大戦の遂行者は、例えばインパールの牟田口司令官にしても、天長節までにインパールを陥すとか、硬直的な用兵で益々被害を拡大させる愚を犯したのです。
実際のところ、国家の本質を考えれば、サイパンを失陥して以降の戦争遂行能力をなくした国家は、国民を死出に導く戦争を続行すべきではなかったのです。

ところがそうならない、この思考方法は現代にもつながる問題点です。

もちろん、戦った将兵こそ真に尊敬されるべきで、命令の下、正に粛々と任務を遂行されたことには、万感の思いを禁じ得ません。
しかし、なればこそ、そういうことを命じた為政者と命令を受けて死んだ人とを、靖国神社で同時に頭が下げられるか、ということになるわけです。ここに、現代の多くの議論の中にある非法律的人士の、けじめのつかない実態があります。
昔の軍人は、先に書いたように、そこがしっかりしていたからこそ、零戦の撃墜王坂井三郎さんも、いわゆるA級戦犯に下げる頭はない、と言われて、自分のご自宅に、英霊を祀っておられました。

ゆるゆる発想は国家を危殆ならしめます。

で、私も、サイパン、テニアン、グアムなどの島にある戦跡は随分と訪れました。ロタは、米軍がいわば素通りしたので、ほとんど戦跡がないのですが、行ったことはあります。
米軍は、これらの島に、戦後、空から豆科植物の種を蒔き、全てと言っていいくらいにジャングルになってしまいました。ですから、テニアン島などは正に戦争終了そのままの姿とも言えます。そのジャングルの下に、回収されないご遺骨が何万と眠っているのです。
そのことを教えてくれたのは、北マリアナに置き去りにされた韓国人の金さんでした。北マリアナの人口構成は、チャモロ、カロリニアン系が半分、韓国系が4分の1。そして、当時は中国系が4分の1でした。
韓国人は、戦時中まで労働力としてそこにいて、戦後、帰るに帰れないことになったというわけ。

原爆を運んだB29は、ご存知の通りテニアンから飛び立ち、その原爆を運んだ巡洋艦インディアナポリスはこの近海で日本のイ号潜水艦に沈められ、1500人が亡くなったといいます。

小さな小さな島の重く深い歴史を我々は忘れてはいけません。
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法律解釈のゆるゆると「民法」 
Thursday, April 2, 2015, 12:23 AM
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近頃の日本における法の軽視は著しく、これでは全体的瓦解が危惧されるのではないか、と考えて、法哲学や法理学の本を紐解いてみると、やっぱりなかなか良いことが書いてあります。
特に純粋法学のハンス・ケルゼンなんぞの話は、ドイツ語なんぞ全然わからない私にもぴったりです。
ただ、相当偉い先生でも、アジアや中東の話について、つまりは日本法について甘い気がします。即ち、一部わかっていない。

この点は、例の2・26の青年将校こそ圧倒的にシャープな法律家だったでしょう。彼らは組織法を極限まで文理解釈したのです。軍隊とはそのようなところでもありました。この点をしっかりわかっていたのは、私の経験では15年くらい前にあった台湾の先生でした。その時の会食の仲間は、多くが亡くなるか施設に入っておられます。

こうして法律の解釈がゆるゆるになった大きな原因は、大正時代の「嘘の効用」なる本に代表される結果重視の法律無視の傾向にあったと思っています。

近頃、民法の改正が話題になっていますが、飲み屋さんのツケは1年で時効とか、まるで「ご家庭」の話みたいです。でも、本当は違う。飲み屋とか、タケノコがどうした、とかも民法ではありますが、金融機関のこと、特許のこと、いわば最先端の話の元が民法なのに、要は、「民」という名前がそうさせるとすれば、これまた輸入の悲劇です。また、民草を低くみる国民性の悲劇です。民法は「民(たみ)の法」ではありません。
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桜の花から思うこと 
Thursday, March 26, 2015, 09:18 PM
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東京でも桜が咲き出しました。
市ヶ谷のあたりを歩くと思い出すのは、数年前、堀の向こうに一生懸命桜の写真を撮っているアジアの留学生を認めた時のことです。

日本にはたくさんの留学生が来ていますが、ひところは政治問題が紛糾して気の毒でした。彼女は、祖先が日本に来ていた縁で日本に憧れ、留学したのに、政治問題で居心地の良くない雰囲気に浸っていました。

しかし、「窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さず」というとおり、そんな時こそしっかりとした度量を示し、温かく接してあげることこそ本当の武士道でしょう。
ましてや私の祖父は、16歳で、一人で領台後間もない台湾に渡り、現地の多くの人々の助けを得て、それが今日の私にまで及んでいますし、そうしたことは直接間接を問わず日本に生きる全ての人に言えることでしょう。何しろそこは日本の植民地であり、日本人は本当にその恩恵を得たのですから。ダムだの水路を造ってあげたなんていうのは、日本の植民政策の一環にすぎません。

その点、最近の日本人の度量の狭さと理屈の分からなさは残念です。

そんな昨日、89歳のある元官僚の方や大きな会社の元会長さんらと昼食をとり、敗戦前後の話をしたのですが、上記の点については意見一致でした。そして、80代前半あたりの意識低下が困ったもの、という話になりました。

☆ ☆
私自身の経験として、牟田口廉也将軍とかのテレビでの映像を観たことがある、という話になって、驚かれました。とにかくあれはひどかったです。責任なき戦場インパールとはよく言ったもので、全く責任が感じられない。

一方で今の為政者はどうでしょう。単純な過去への「回帰」は再びあの様な無責任時代を現出しそうです。

その意味で、問題は我々の時代、世代にあります。戦争を経験していない、ということは免罪符になりません。過去の先輩のやったことを真に反省し、しっかりとした行政、司法制度を作らなければいけませんし、そのことに我々世代は責任を負わねばならないと思います。アジアに対しても、戦死者に対しても。

そうすれば、留学生もしっかり勉強できて日本の真の友人になれるでしょう。
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