大戦間の議論から 
Wednesday, October 12, 2016, 09:59 PM
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今の日本、第一次大戦と第二次大戦の間に似ているという話があります。
根拠については色々な考えがあるようですが、私はこんな具合に考えます。
まずは関東大震災ならぬ大地震がありました。そのころ、民主党政権という昭和3年の普通選挙に類する民主化?もありました。そして、日ソ中立条約ならぬロシアとの少しよい関係?があります。

戦前の場合は、民主的傾向はむしろ一億総動員体制となり、ソ連からは見事に裏をかかれ、日本は破綻しました。

で、一億総動員になっては困るので、そこはまず気をつけねばなりません。この点に関しては、我が生家に「国民精神総動員」と書いた額がありますから、私は反省していて大丈夫。「活躍」とかいう言葉にも踊りません。

一方、ソ連ならぬロシアですが、私は大晦日をあの国の首都でおくったことがあります。日本では紅白歌合戦ですが、あの国では同じく巨大なスタジアムで、目指せモスクワ、チンギスハンの大合唱。素晴らしい音楽とは思うもののちょっとどうかなというお下品な歌詞もあります。ここのところが大事じゃないかと思います。ある意味、日本のみじかな国のrudeぶりを超えています。
ロシアの大地は素晴らしいロマンを掻き立てるとともに、そこは北方騎馬民族の故地であることを忘れてはなりません。戦前の関東軍の報告書がありますが、要は、その昔の金という国と似たり寄ったり、いやそれ以上の激しいものです。
金の首都上京会寧府にも行きました。ハルビンの東にあって、今はトウモロコシの畑みたいなところですが、こんなところまで北宋の皇帝や皇后らを拉致し、めちゃくちゃなことをしたところです。
ですから、北方は要注意です。

ところで、戦前の日本は、そういう三段階のあと、というか二段階のあと、日華事変、そして太平洋戦争へと突入、破綻しました。
なぜそんなことになったかを考えると、究極的には憲法に行き着くような気がします。だから憲法は大事なのです。

この辺り、今の憲法の理念は西欧の合理主義という極めて立派なものに依拠してはいますが、合理的過ぎてアジアのドロドロとした歴史が忘れられている嫌いがあります。
その点をきちんと押さえての議論も必要な気がします。
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国分寺から思うこと 
Tuesday, September 27, 2016, 12:05 AM
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国分寺の恋ケ窪近くにある施設で、半日法律のおしゃべりをしてきました。このお話し、もう20年になります。
恋ケ窪は畠山重忠を恋い焦がれた娘が身を投げたところという言い伝えがあります。確かにあのあたりから北へ、東村山、入間等々、鎌倉時代の数々の遺跡があって、楽しいところです。その昔、ガラクタ寺と呼ばれたお寺など、ガラクタどころか太平記の記述を裏付ける貴重な板碑など、鎌倉時代を目の前に現出させてくれます。
そればかりでなく、奈良時代かそれ以前の瓦塔も出土し、本物は東京国立博物館に置いてあります。私はこの瓦塔の垂木の表現に、大陸との深い共通性を感じます。
でも、こういう話はあまりポピュラーではありません。

昨日乗った九州福岡のタクシーの運転手さんも言っていました。「佐賀にゃ何もなか」と、「嬉野さ、いたばってん、近くの名所と言うぎ祐徳稲荷くらいのもんじゃろう」と。
祐徳稲荷は確かにあの辺では規模が大きくて、近頃は映画のせいでタイからの観光客も多いようです。
でも、本当は、もう1つ深掘りすると、もっと面白いものがあるんですけどね。不動山のキリシタンの遺跡とか大野原からは大村、針尾の「新高山登れ」の塔も見えて、気宇壮大というか、世界とのつながりも見えるんですが、そういう深堀りが、学問的に通説化していないということか何か知りませんが、ダメで、あまり紹介もされないんですね。

仕事場の近くの都道府県会館にある各県のパンフを見てもそうです。各県、十年一日同じ名所だけが並んでいます。

でも、この傾向が日本人を駄目にしているのではないかと思います。
例えば、風景の中に歴史や文化の一定の傾向を見出すためには、それなりの知識と直感が働かなければいけません。
例をあげると、私の生家は、南面し、北には正に北極星を背負っています。それを前提にして東北を見るとお寺があり、西北には墓があります。
このことから、祖霊のことや鬼門のことを考えるには、それなりの勉強も必要でしょう。
そして、そうした勉強にむしろとどまっていなければ、より深く、現状を変えることも考えるでしょう。

その昔、下村湖人先生は、「真理に生きる」の中で、植物の種のように、美しくもない大きくもないものを大事にすれば、それから真に大きなものが生まれるという趣旨のことを言われました。
我々の身の回りの何の変哲もない事象から豊かなものを汲み取れるような傾向を促進する教育が確立されなければならないと思います。
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ブルキニから色々 
Saturday, August 27, 2016, 09:27 PM
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フランスの海水浴場での「ブルキニ」の着用禁止をめぐって裁判になり、パリのコンセイユデタ(国務院)は、禁止は許されないという判断をしたそうですね。
裁判の結論については取りあえず意見はありませんが、世界の宗教界を大きく見たとき、こうした戒律のようなものから最も離れているのが、西欧のプロテスタントと日本の鎌倉仏教であることに興味以上のものを覚えます。
スカーフを被る云々は、その間の中東とロシアです。いずれも宗教改革のない(一応)世界。

日本の場合は、ヨーロッパに先立って宗教改革があったのに、江戸時代において改革の効果は衰滅させられた、と言えるのかもしれません。この衰滅という言葉は原敬らの仲間が作った本にある言葉です。

一方、中東でも、いつも書くとおり、トルコのケマルアタチュルクは、断固としてスカーフ、トルコ帽を取らせました。彼を祀ったアンカラの廟では、そうしたことの写真が沢山並べてあります。

この辺り、世界には、再び衰滅気味になる国、政教分離という異なった面から断固たる姿勢を示そうとする国。色々あって複雑です。

それにしても、ビキニ環礁での原爆実験(水爆はそのあと)から生まれたビキニといえば、東京の晴海にその姿を残す第五福竜丸に行き着きますし、コンセイユデタというと日本の行政法の元・ドイツのそのまた元でありながら、これまた日本とは全く異なる発想を持つ機関。色々考えてしまいます。
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ここひと月 
Thursday, August 25, 2016, 10:50 PM
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アメリカ人のAさんが過日話題にしたのが先日の参院選。選挙権の年齢を2歳下げたのに、その若者の多くが保守的であることにびっくりしたというのです。
確かに、この傾向はイギリスと反対みたいです。EUからの離脱反対というのは保守のように見えて、その中身、あるいは価値観はむしろ先進的。
2つの国のこういう違い?がなぜ現れたのかは、残念ながら民度の違いとも言えないではないですが、要は同じ若者でも恵まれている国と頑張らなきゃいけない国との違いかもしれません。もちろん、今の日本は実は大変で、これからますます頑張らなきゃいけない国になりそうですが。

で、久しぶりに一昨日、Aさんに会ったら、今度彼が言うのは、オリンピック閉会式のドラえもんやマリオの話。あれで日本はいいのかねと。
もちろん、それがお金を稼ぐ元になるなら良いし、いわゆる萌え系オタク文化として台湾や中国からも慕われるならおめでたいこと、とは答えたものの、彼も私も、こういう萌え系文化が逆に日本人をリアルさを欠いた人種にするとすれば大問題、という点で一致しました。

この2つの出会いの間、私は南の島国に出かけてきたのですが、そこでの実際の裁判の現実は、極めて実践的でリアルなものでした。

例えば、日本ではそこ数年、裁判員裁判なるアメリカとヨーロッパとをミックスさせたようなシステムが始まりましたが、裁判員の拒否率が高く、しかも罰則も適用されず、今や青息吐息のシステムのようです。他の、ここ20年ほどの、葉隠的に言うと新規巧みのその他「改正」もみんなそうです。

しかし、南の島国は英国以来の陪審制度などのしっかりした根っこの上に出来上がったシステムであり、しかも、南の国特有の民族の慣習の上に運用されています。それに反して、我が国のやることは余りにも民族に根ざしていない、しかし日本的と称している奇妙なものです。
例えば、着物は本来的な日本のものでないにもかかわらず、日本日本と言っているのも変。

ロシアの昔にあったのはタタールのくびきですが、日本も例えば明治維新のくびきみたいなものから脱却しなければ、はつらつとした本来の日本の文化で世界に伍することはできないなと思われます。
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いよいよもって語り部か 
Sunday, July 10, 2016, 11:42 PM
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国家は目に見える存在ではない。山や川や白砂青松は国家ではない。国家は抽象的な存在であり、それは会社も同様です。

しかし、会社が利益追求の存在であるように、国家は国民を守る存在であることにその意義がある。ここまでは、とりあえず建前の世界を含んで、争いはないでしょう(少なくとも戦後は。もっとも、今でも、国家のために死になさい、なんていう人もいるにはいる。どころか、増えている?のが問題。現に新渡戸稲造の「武士道」が、実はそんなことを言っている本であるとういう事実を、読んでいない人にはわからない)。

それで、問題は国民の守り方です。 今の一般のトレンドが「モグラ叩きで守る」であることに、真に危惧を持つものです。
戦争の実態を知らない人々が増え、私のような戦争第二世代型の人間の、上の世代にもそれが多い。かえって私の20年くらい上を行く人間で、実戦経験のない陸士海兵出(なんて言っても、それさえわからない時代になりかけている)あたりも始末におえない。逆に私のように、父がビルマのフーコン作戦からインパール作戦。果ては東シナ海で魚雷攻撃を受けて18時間近くプカプカ浮いて生還なんていう話の直近にいた者は今や貴重。80代くらいのおじいさんではそういう経験はないものだから、馬鹿げた国粋主義者がいる。

ましてやそういう傾向の人間が国を動かす為政者となれば大問題。以前、中国大陸で頑張っているビジネスマンの足を引っ張るなよ、とここで書いたものですが、今度はバングラデシュをはじめとするイスラムの国、どころか日本自体でも、危険が惹起。その原因として、わざわざ中東とかに首をつっこむような発言があるとすれば、どころか、あるから、大問題なのです。

私が以前、スペインに行った折、書店を覗くと正に神風特攻隊の本があり、こういうことで日本を大したもんだと褒めてくれる外国のお方もいました。
ところがそのあと、イスタンブールに行った時、八王子にいたという若いお兄さんに声をかけられ、「日本も終わりだね。総理大臣はどんどん変わるし、アメリカ追随で」とかいう話になった。それが、アラブと敵対するような発言を総理大臣がすれば、日本に対する評価はひっくり返り、日本は逆に敵だ!になり、現地の日本人に計り知れない危険が及ぶことが明らかです。

要は、為政者はしっかりガードされていて、足で歩くことをしていないからでしょう。私のように元祖国粋主義者として英語の授業では何週間も立たされていた人間でも、気持ちを入れ替えて現場主義になればわかるのに、一体この国の上層部?は何をしているのか。

以前、イラク大使をされた〇〇先生にも伺いましたが、アラビア語ができない人間をサウジアラビア大使にしているのがこの国です。

平和ボケか武士道ならぬお公家政治もいい加減に願いたいところです。
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イギリスのEU離脱の話しから 
Thursday, June 30, 2016, 11:59 PM
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いよいよもって世の中は世界的に変ですね。イギリスのEU離脱の話です。

でも、他人事??ながら興味があるのはその世代間の考えの違いです。イギリスでは、戦後のいわゆるベビーブーマーが離脱の投票をし、若い人たちがその団塊の世代に怒りをぶつけているとか。ほとんど日本の団塊の世代、というかその翌年生まれで、もっとひどい目にあった私としては、日本だけじゃなくてイギリスもそうかよ、と言いたい気分です。

あの1970年前後、確かに世界的にベトナム戦争、文化大革命、ヒッピーなどなどが流行り、戦争を知らない子供たちが革命ごっこに時には命を落としました。
もちろん、例外がないとは言いませんが本当の苦労を知らないお坊っちゃま、お嬢ちゃまの夢物語だったと言いたいです。

ですから、日本でも、あの時代にマルクスレーニンと一緒になりたいという夢物語を考えた連中つまりお坊っちゃま、お嬢ちゃまは、どだい趣味悪く、センスが悪いのに、学校の成績だけはまあまあで、おまけにお金もあって、そのままちゃっかりと官界、政界などに巣くい、例えばGPIFのお金をすっても知らぬ顔というのが今の実情でしょう。

こうしてベビーブーマーだか団塊だかは、世界中で変!ということを今回の投票は見せてくれました。

もっともそんな中で、スコットランドとか北アイルランドとかが残留に入れたというのもわかるわけで、全くのど素人の感想ながら、アダムスミスみたいな賢人を排出した国?は違うなと思ってしまいます。以前、たまたまロンドンの地下鉄で、隣り合ったスコットランド人の男性の賢明さも思い出されることです。
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オーランドの事件を見ていて 
Thursday, June 16, 2016, 11:57 AM
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フロリダ州オーランドの事件は本当に痛ましいことでした。何十年か前、ニュージーランドのそれに類するレストランの中をバスから眺めてびっくりしたことも思い出します。でも、既にその頃は、ニュージーランドやオーストラリアでは同性婚に相当するものが認められていました。

この事件の原因に同性愛というものが関わっているとすると、それは、当然ですが、歴史的にも地域的にも極めて奥の深いものを感じます。

というのも、同時くらいにネットに出たのが、日本の北の韓半島北のその国の事情でした。
その国では、同性愛などというものは、そもそもナイという建前というか、常識のようです。その観念を支えるものは何か。根本的には儒教的なものでしょう。
それは、男と女という2つがあってこの人間世界は成り立つと考えます。バイセクシャルなどという中間的なものは認めません。
そうなると、その国では様々な悲劇が生まれるのは当然です。

では、日本ではどうか。今の日本は、傾向としてそのきたのくにと似ていますが、実を言えば「葉隠」は、正にホモセクシャルの代表みたいな本なのです。三島由紀夫はおかしいとは思いますが、一応、その点は抑えていた。肥前の衆道の元祖みたいな人も出てきますし、追腹にもそれが関わりました。

でも、儒教主義の近世武士道はそれを許さない。それがアジアの1つの姿であり、中東ともつながります。
ここのところがわからなければ色々な事象は解けないはずです。
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大統領の広島訪問 
Friday, May 27, 2016, 09:47 PM
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アメリカ大統領が広島に行かれたことは良いことでした。

アメリカでは原爆投下で多くの米国人が助かり、日本も戦争を終えた、との評価が一般のようですが、もちろん、無辜の民を殺めた戦争犯罪は絶対に許されるものではありません。

しかし一方、そういう事態がなぜ起こったかといえば、当時の日本の為政者に、戦争というものをなしうる国家の資格という視点が全くなかったという点が大きいと言わざるをえないと思います。

昭和19年7月のサイパン島陥落以来、本土はB29の航続距離にしっかり組み込まれ、日本は戦争遂行能力を失いました。硫黄島の戦争などは、本来なすべき戦争ではなかったのです。以後の、命令をしっかりと遂行した将兵は、それこそ軍人の鑑ですが、命令を出した方の中央の為政者は全くなっていませんでした。東条英機こそ退任はしたものの、後継内閣も最後の最後まで「国体」などという、水戸学の、正に中国伝来の言葉にこだわり1年以上にわたる国民の犠牲を強いたのです。沖縄も原爆もそれです。

つまり、こうした事象は、この博物館にある「新武士道」のなしたとんでもない結果なのであり、そのあたりを深く分析し、身に帯しなければ、最近の傾向からして、再び過ちを起こす危険があります。
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国際・友好もほどほどに 
Tuesday, May 24, 2016, 09:28 PM
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最近も色々とおかしなことが山積しているわけですが、1つ危険に思うのは北方の大きな国と仲良くしようという為政者の傾向です。
挙げ句の果てに開発、発展?・・・とんでもありません。

北の大地には確かに小型トラックみたいな熊や猪がいて、当然、木材や地下資源も豊富で、私が丸々港で見た貨物列車は80輌も繋いでいましたが、・・・これは開発しないから良い。

もし、開発して、その地域に経済的豊かさが生まれれば、今、我が国が外交的に手を焼いているどころではない面倒臭い状況が生まれるでしょう。
戦前、日本軍が調査をした北方民族の記録がありますが、一種の首狩りで、正にびっくりしたということが書いてあります。

要するに、そういう文化人類学を政策に生かすことができない底の浅い我が民族と言わざるをえません。

底が浅いといえばこんなこともあります。過日、西の大国の街中を歩いていて、ふとビルの壁を眺めると、プレートにスローガンが。曰く、自由、民主、平等、云々。そういえば朝鮮半島の北の国も民主主義?・・・実態と言葉の乖離はもとより著しく、言葉を厳正に用いていないという意味では底が浅い。
しかし、それなら我が国はどうか。

憲法第41条の「国権の最高機関」という言葉を「政治的美称」などというのがほぼ通説ですが、それじゃこの文言は「法律じゃない」というに等しく、これまた言葉を弄んでいるだけ。

一方、パリのパリ大学の入り口には(というか町じゅうに)、「自由、平等、博愛」とあって、同大学の真ん前にはルソーやボルテールが眠るパンテオンが鎮座するとあっては、いい加減では済まされないでしょう。

要は、アジアは底の浅さで五十歩百歩。これをしっかり解消できなければ、所詮西ヨーロッパやアングロサクソンには勝てない、ということかと思います。

それにしても、本当に、外務省は何をやってるのかね、と思います。
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地震と社稷の話 
Monday, April 18, 2016, 09:33 PM
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数日前は博多にいました。深夜にグラグラと地震がきました。
熊本の益城町も南阿蘇村も色々と思い出多き場所です。
益城は建軍の少し先で、横井小楠が家塾「四時軒」を開いた沼山津に近いところです。生まれたところ小楠公園の至近でもあります。益城を東に進めば徳富蘇峰が生まれたところ(母の家)。逆に西へ行けば彼が「将来之日本」を書いた熊本市内、大江義塾へ。
熊本にも様々な、近代日本をどうするかの試み、悩みがありました。

そういう土地で、地震により被災された方々への心からのお悔やみを申し上げたいと思います。

それで、こういう時に早速出てきたのが緊急事態とかなんとかいう机上の話です。確かにこれは台湾の高雄の地震でも問題にはなったのですが。しかし、熊本の知事さんが言われる通り、現場がまずは大事で、東京からのコントロールはピント外れのことになりかねません。

ある市の市長との話から浮かんだのは、特に地方では、そもそもこういう場合の基礎が破壊されてしまったなということです。
それは、10年前の大型合併。幾つかの町が一緒になったため、役場や市役所の支所、つまり従来の町村の役場には、他所から来た職員ばかりで、当該元自治体の実情には全く疎く、どこが崩れたとか何が破壊されたとかいってもわからず、瞬時の対応に極めて苦労するというわけです。東京の人間にはわかりませんが、山の中のなんとか沢とかかんとか淵とかいっても、他所から来た役場の職員にわかるわけがありません。かといって、地元自体も壊れているので、採用できないという悩みもあります。

これは市町村の合併以前の農協などの合併でも問題になりました。合併はもちろん全てがマイナスではありませんが現実は現実です。経済的にやむを得ない、運命である、というのもうなづけるのですが。

要するに、農協でも市町村でも、武士の生き方的に言うと、中世の「一味同心」の世界、あるいは、「コミュニティ」の世界、あるいは、権藤成卿というひっくるめていえば右翼民族主義の「社稷」の世界、そういうものを忘れてしまったことの結果なのです。

変な話と言われるかもしれませんが、こうした権藤らの悩みも色々と考え、これでよかったのかなと反省することも大事でしょう。
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