葉隠アラカルト
 以上の葉隠の紹介は、政治論が主要テーマで、少々むずかしかったかもしれませんね。葉隠は、もっといろいろな話が詰まった面白い本です。それでここでは、葉隠を様々な角度からながめた「多様な見方」をご紹介していきます。
1)「宮本武蔵と葉隠」
 宮本武蔵の生年は、五輪の書によると天正12年(1584年)といわれており、佐賀では、竜造寺隆信が島津・有馬の連合軍に破れた年にあたります。武蔵はその後、関が原の戦い(1600年)や、島原の乱(1637年)に参戦した後、寛永17年(1640年)熊本藩主細川忠利に剣術家として仕えることになりました。そしてここで、有名な五輪の書をはじめとするいくつかの武士道書を著します。しかし、これらはいずれも技術的、思弁的なものが多く、葉隠のような具体的なエピソードには富んでいません。もちろん、五輪の書の空巻のように仏教思想の精髄が書いてある文章もありますが。有名な「我事において後悔せず」なども「われことにおいてこうかいせず」というカッコいい読み方をする人がいる一方、「わがことにおいてこうかいせず」という常識的読み方をする人もあります。そんなわけで、葉隠のような面白さは、私にはさほど感じられませんが、ただ、葉隠の成立(1716年)に比べると、一世代も二世代も前で、しかも実戦経験のある武蔵の書は、逆に葉隠にない深刻さと、「勝つための武士道」という葉隠以上に「実」に近いものがあることも事実でしょう。
 なお、吉川英治の「宮本武蔵」は、真実の武蔵とはほとんど関係なし、といいたい本ですが、中に出てくる沢庵、柳生宗矩などは、葉隠におおいに関係があります。というのは、葉隠の口述者山本常朝の師湛然が、かつて三河の寺に居住したことから、三河武士のルートを通じて葉隠の中に彼らの言行がのることになるからです。その意味で、吉川英治の「宮本武蔵」は、葉隠を理解するのに有益な本ということになるのかもしれません。
musashi.gif (5856 バイト) *宮本武蔵の図